コラム

【精神科医にインタビュー】なんの前触れもなくかかる「老人性うつ」の怖さとは

この記事の内容

年齢を重ねると、いままで以上に健康に気を使う方も少なくないと思います。定期的に健康診断を受けたり、運動をしたりするなどの心がけをしているという読者もいるのではないでしょうか。

こうした肉体的な健康の維持は当然のことながら大切です。その一方で、精神面の健康にはどれだけ気を配っていますか?というのは近年、老人性(老年性)うつ、高齢者うつ病と呼ばれる病気にかかるシニアが見られるのです。

そこで、シニアの精神医療に携わる医師の上田諭さん(写真。戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)に、老人性うつとはどのようなものなのか、もしかかってしまったらどう対応すべきかを聞きました。

老人性うつは心理的原因がなくてもかかる

――上田先生は2021年6月に『高齢者うつを治す 「身体性」の病に薬は不可欠』(写真。日本評論社)という本を上梓されました。うつというと、働き詰めた人がなってしまうといったイメージがあるので、シニアの人もかかると聞き、驚きました。

一般の方々がうつというと、つらいできごとやショックなできごとがあったり人間関係でもめたりしたときになるイメージがありますよね。このうつは「心理性うつ」と呼ばれるもので、若い人に目立ちます。シニアでも心理性うつになる人はいますが、シニアの患者全体の1割程度です。では、残りは何かというと「身体性うつ」です。つまり、老人性うつとは主に身体性うつのことをいうのです。

――身体性うつとは、何ですか?

特徴は、「原因がわからない」ということです。心理性うつのように何かのできごとやストレスが原因でうつになってしまうのではなく、ある日、突然、うつになってしまう。ただただ脳に変調をきたしてしまったとしかいいようがないうつといえます。

歴史をひもとけば、「うつ病」という病気が発見された約100年前の1900年ごろから2000年あたりまで、本来「うつ病」は身体性うつのことを指していました。ストレスなどが原因の心理性うつが増えはじめたのは、実は2000年を過ぎてからなんです。

――なぜ、シニアは心理性うつが少ないのですか?年を重ねても、たとえば配偶者を亡くしてしまうというように、ストレスは存在するように思うのですが。

「シニアはいろいろなものをなくす」ということが、よくいわれます。たとえば、いまおっしゃったように「配偶者を亡くす」、「健康をなくす」、そして「社会的役割をなくす」が挙げられます。社会的役割をなくすとは、仕事や地域の自治会などで役職から外れていくことですね。もちろん、こうした「なくす」ことによってシニアの方が寂しさを感じるのは事実です。その一方で、年をとって何かをなくしていくのは想定内の話でもあります。また、年を重ねた分人格が成熟していきますから、なくしたことへの対処もできるようになり、心理性うつにはかかりにくいのです。

もちろん、なかには「主人が亡くなって半年以上、泣いてばかりで暮らしている」という患者さんを目にすることがありますが、先ほど申し上げたように、そういう心理性うつは全体の1割程度です。もし、なくすのが原因でうつになるのであれば、シニアのほとんどが心理性うつになっているはずです。

老人性うつに対しておこなわれる治療

――シニアに身体性うつが多いことは理解できました。ただ、発病の原因が不明となると、治療が難しくなりそうなイメージがあるのですが、いかがでしょうか?

いえ、原因不明というのはその人がうつとなる心理的な原因がないというだけで、治療ができないわけでは決してありません。身体性うつは脳に変調をきたしているので、脳に働く抗うつ薬を投与するのが治療の第一歩です。私のところに外来でいらして、治療をはじめたら2週間程度で治ってしまう方もいらっしゃいますよ。

――抗うつ薬は若い世代の患者さんが飲むものとおなじなんですか?

基本的にはおなじですね。ただ、投与する量などがちがいます。シニアの患者さんには1種類か2種類の薬で、若い人より少ない量の投与でも十分によくなるケースが見られます。もちろん、なかには症状の重い患者さんもいて、その場合は、数ヶ月ほど入院で集中治療をおこない、若い人とおなじ程度の薬の量を飲んでいただくケースもあります。

――もし投薬でもよくならなかったら、ほかにどんな治療がありますか?

その場合は、通電療法があります。こめかみに電極をあてて、電気によって脳に働きかけをするものです。

――電気を通すんですか。ちょっと、怖いイメージがあります……。

たしかに、通電療法にはそうした印象を抱かれがちです。『カッコーの巣の上で』(写真はケン・キージーによる原作小説)という映画をご存じですか?精神病院にいる主演のジャック・ニコルソンが、目が覚めた状態のまま電気を通されるシーンがあり、通電療法はとても恐ろしいもの、というイメージができあがってしまいました。

しかし、現在の通電療法は『カッコーの巣の上で』の時代とは異なります。電気を通す前に、麻酔と筋弛緩剤を投与します。これによって、患者は眠り電気を通されたという記憶がなく、電気を通してもけいれんがほとんど起きなくなります。電気を通すのも2〜8秒という短い時間であり、そのあいだ、患者さんの血圧や心電図をきちんと見ながら麻酔科医が立ち会いのもとで通電がされます。そうすると、からだへの負担は最小限に脳だけに働きかけられるのです。

――なぜ脳に電気を通すのでしょうか?

それは、電気を通すことで引き起こされる脳内の発作が、脳によい影響が与えられるからです。はるか昔の時代から、けいれん(てんかん)発作を持っている人のなかでも、精神疾患を併発する人が存在していました。こうした人は、発作を起こすことで精神疾患の症状が消えると知られていたのです。そこで、人為的に発作を起こすために電気を通す方法が研究されはじめました。

現在の通電療法は、けいれんをほとんど起こさずに脳だけに効くものですので、負担が少なくとても安全になっています。

老人性うつに家族が気づくためには

――それだけ治療が発展しても、まずはうつであるという自覚や認知がないと治療へ進めませんよね。たとえば、家族がうつに気づくためには、何か必要な心がけなどはありますか?

結論からいうと、よほどシニアの人と疎遠でない限り、家族はうつに気づけます。ごはんを食べる量が急に減ったり、お孫さんと遊んでいても楽しそうでなかったりしますからね。とくに、心がけなどは必要ありません。ただ、異変に気づいたらなるべく早く精神科に来院すべきことは、覚えておいていただければと思います。

――いまおっしゃられた、ごはんが食べる量が減るなどの場合はほかの身体的な病気の可能性は考えられませんか?

もちろん、そのとおりです。また、からだの病気が元でうつになってしまうケースもあります。そのため、私が初めての患者さんを診察するときは、血液検査やCTスキャンなどをおこない、身体面での疾患がないかも確認しています。

一方で、身体疾患がなくても息苦しさや胸のつらさなどを訴えられる患者さんがいます。これはうつの可能性が高いのですが、患者さんや家族はうつだと思わずに内科や外科などを受診し、検査結果に異常がみられないために精神疾患を疑わず時間だけが過ぎてしまうケースがよくあるのです。なので、検査をしても異常がないのにどこかからだがおかしいと思ったら、一度はうつを疑ったほうがよいですね。

――家族からすると、シニアの人に「精神科へ行こう」といっても、「認知症扱いする気か!」と怒られてしまうのが怖いかもしれません。

まずは、家族の方も患者さん本人も「うつは認知症とちがって、治る病気」であることを理解していただければと思います。認知症は残念ながら根治療法がありません。しかしうつは確立された治療法があり、治る病気です。なので、怒られるのを恐れるのであれば、「うつは認知症とちがうし、きちんと治療すれば治る病気」とシニアの方にいってあげられればよいですね。

それともう1つ、うつと認知症の明確なちがいとして、うつは元気がなくなる病気、認知症は元気ですがさまざまなことを忘れてしまう病気、という点が挙げられます。元気がないのであれば、それは認知症ではなくうつの可能性がある、とも伝えられるとよいでしょう。

老人性うつに気づいたら、やってはいけないこと

――若い人のうつだと、よく「遊んだり旅行へ行ったりするのは意味がない」と聞きます。これは、老人性うつでもおなじですか?

おなじです。ただ、患者さん本人がすこしでも興味が湧くのなら、家族が一度どこか遊びに連れて行く、というのを試してみてもよいかと思います。もし、遊びにでかけてそれが気晴らしになり、元気になれば、うつではないということになりますから。しかし、この場合で気をつけなければならないのが、一度どこかへ遊びに行っても元気が戻らないのであれば、二度、三度も遊びに出かけても、ますます悪い状態になってしまうことです。うつなのに何度も遊びにいっても、ただ疲れるだけでからだも心もよくなりません。もし一度だけ気晴らしを試してもまずいようであれば、迷わず精神科を受診してください。

――ほかに、気をつけなければならないことはありますか?

家族の人が患者さんを責めないでほしい、ということですね。たとえば、うつの人で食欲がなくなってしまう場合があります。こうしたときに「ごはんを食べなきゃ元気が出ないよ」といっても、ほとんど意味がありません。患者さん本人も、それが十分わかっているのにできないから、つらいんです。きちんと治療をした上で、見守ってあげてほしいと思います。

――老人性うつの場合、家族が診察に同席してもよいものなのでしょうか?

それは、ぜひ同席してください。なぜかというと、患者さんがどう元気がなくなっているか、具体的な情報を医師が知れるからです。また、悪い面だけでなく、症状がよくなってきた場合も、家族の情報はとても重要です。治療が進んで、本当はよくなっているのに、患者さん本人にはその自覚がすくないケースがあるんですね。そうしたときに、家族からの「食欲が出てきた」「前より元気がある」という情報が大切になるのです。

【まとめ】老人性うつにかかるのは恥ずかしいことではない

「老人性うつは、とくに思いあたる原因がないのに、元気がなくなる、胸が苦しくなる病気である」と聞けば、とても怖い病気に感じられるかもしれません。その一方で、上田さんの話にあったとおり、きちんと治療すれば治る病気です。

まずは本人や家族がきちんとそれを自覚したうえで、もしうつが疑われるような状況になったら、早急に精神科を受診するのが不可欠といえるでしょう。また、うつの診断がくだったら、焦らず、医師の言葉を信じて治療に励むのがよいといえます。

とりわけシニア世代のなかには、「うつは心が弱いからなる病気」「うつにかかるのは恥ずかしいこと」と自分を責めてしまう人も見受けられます。しかし、とくに原因がなくても脳に変調をきたしてしまう病気ですので、決してそんなことは思わずに、うつと向きあうのが大切です。


(執筆編集:NTTファイナンス ライフノート編集部 情報は2021年9月16日時点のものです。)

この記事を監修した人
上田 諭

医療法人社団東光会 戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長

京都府生まれ。1981年関西学院大学社会学部卒。朝日新聞記者を経て、北海道大学医学部入学、96年卒業。東京都老人医療センター(現東京都健康長寿医療センター)精神科、日本医科大学付属病院精神神経科などに勤務。2020年から現職。北辰病院(埼玉県越谷市)で高齢者精神科専門外来を担当。日本老年精神医学会などの専門医・指導医。近著に『認知症そのままでいい』(ちくま新書)。

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